人は一つのものしか極められない
日本で最も実力と権威のあるタイピストはJISキーボードQWERTYローマ字Microsoft IME(学習なし)を採用しています。
まさにデファクトの塊。
そりゃタイピング界隈にそのような「標準」を遵守する派閥もあってよいとは思うけど、実際ツールに対して大した工夫もせず標準のものを練習するだけで、それで実力も権力も兼ねているのだから、配列屋や自作キーボード界隈は立つ瀬ないよね。
あまり考えすぎると惨めな思いになるから、我々はあまり実用性を追求しすぎず、趣味の世界に逃げたほうが健全なのかもしれない。
ただここで疑問に思うわけです。最強のタイパーこそ最強のツールを使うべきなのではないかと。
現状をたとえると、初期武器をコツコツと極めていったほうがかえって効率よく強くなれる戦闘ゲームの状態。だとしたら、なんのために武器屋はあるというのか。
ヒトは残念なことに一つのものしか極められない。二つのものを極めるというのは、極めるという言葉の定義に反するからだ。
さらに悪いことに「極める」という行為は数年・数十年の歳月が伴う。
したがって、最初に出会ったものを極めるのが実際最も楽なのだ。しかも初期武器で実際に強いプレーヤーがいると知れば、なおのこと武器を乗り換える気にはならないだろう。
こうして多様性に乏しいつまらない世界ができあがる。
このような諦観から逃れるためには、才能の差で説明するとか、「初期武器で強い人がいる」から「初期武器で自分も強くなれる」という思考を否定するのがよいだろう。
また、デファクトで強くなれた人も自身の才能や環境を客観視するべきである。まぁ才能人も自分の能力は自分の努力によって手に入れたと思いたいだろうし難しいよね。。
そして、実力ある者、初期武器で不便してない者でもツールへの関心を持ち、最高の技術は最高のツールとセットで始めて真価を発揮することに気づいてほしい。スポーツでは選手は能力だけではなく道具にも拘るのは当然でしょう。
嫌味っぽくなりましたが、能力開発ではなくツール改良に勤しむ方々は、外野から下手にマウントを取られて創作活動の邪魔をされないように気をつけなれけばいけませんね。人は一つのものしか極められないのです。だからこそ、極め甲斐のある最高のツールを用意しようじゃありませんか。