いろは坂配列練習道場

~単打最多の最凶かな配列を10本指で調教しよう~

配列屋の失敗・タイパーの失敗

配列屋はデファクト配列であるQWERTYと常に対峙し、よりよい配列を開発する人達。

タイパーデファクト配列を極め、高度なキーボード打鍵技術を実演する人達。

こうやって書かれた時点で、普通に次のことを思いますよね。

 

「配列屋が考えた最強の配列をタイパーが極めたら最高のキーボード入力技術となるのではないか?」

 

残念ながら、この手の試みは現状ではことごとく失敗していると言わざるを得ません。ここからは私の想像(受け売りもあり)ですが、配列屋とタイパーの大方の総意はそれぞれ以下のようなものではないでしょうか。

 

配列屋にとってタイパーは「才能人」であり、その技術は「特殊能力」である。したがってタイパーデファクト配列であるQWERTYまたはJISかな配列で勝手に満足していればよく、我々はそれ以外の人達、特に現状のキーボード入力技術に難を感じている人達に向けてより良い配列を提供し、世の中レベルの底上げに貢献しよう。というかタイパー達も指が速く動くだけで、あるいはタイピング"ゲーム"の記録が良いだけで実際の文章作成はそんなに速くないんじゃないの?

 

逆にタイパーにとっては配列屋は「QWERTYの楽しさが分からない人達」であり、配列を作る事自体を「すごい」とは思いつつも、QWERTYが打てる自分には関係ないと考えているので基本的に眼中にない。また「なんでもいいから絶対に速く打てる配列を開発して示してくれない?」とも思っており、実際その要求に配列屋は答えられていないので「そんなものか」「まだ配列屋にはアンテナ張らなくて良いか」という認識により無関心となる。

 

私は昔はタイパー、いまは配列屋ですが、上記の二つの思いが常に脳内に同居していて、二重人格のような気分ですね。昨今では両方の界隈に跨って活動してる人は少なく、だからこそ気付けること、思うことは発信していきたいと思います。

 

実際、配列屋・タイパーは上手く棲み分けがなされていて、昨今では特に喧嘩も起きてもないですし、平和といえば平和です。まぁ無視し合いともとれますが、特に現状に特段問題があるわけではありません。

 

ただし、「もったいないなぁ」「もう少しなんとかならないかなぁ」と私は思うのです。

 

もちろん、私以外にも配列屋とタイパーを掛け持っている方、またはどちらかに属しながらも他方にアンテナを張ってる方はいます。ただ全体の中では決して多数派ではありません。

 

壁を作ってしまうのは主として以下の三つの主張ですね。

①創作文では字を書く事より頭を使う事がボトルネックとなるため、そんなに速い入力速度は要らない。したがって配列に速さを求めすぎるのはナンセンスであり、もっと「楽さ」にステータスを振るべきだ。

②タイピング能力は高度に才能や身体能力に依存し、タイピング苦手な配列屋がタイパーの高速タイピングを実感として体験するのはほぼ不可能である。したがって高速タイピング向けの配列を設計しようがない。

③PC台頭の歴史はまだ浅く、成人してからQWERTYに触る人と、生まれた時点でQWERTYキーボードが身近にある人では大きく感覚が異なる。たしかにQWERTY配列は一世紀半も昔に英語圏で考案されたもので現代の日本語ローマ字入力に不向きである事は容易に想像できるが、今更になってQWERTYに代わる万人向けの配列を考案することは難しい。

  

でもこれらは本当に正しいのでしょうか。まず配列屋サイドから一つずつ考えていきましょう。

 

 ①タイパーが真面目に創作活動を始めれば、化け物みたいな執筆速度の作家になる可能性はないのでしょうか。頭の良い人であれば高速で文章を考える事ができ、そんな人にこそ超高速タイピングができる配列を提案するべきではないのでしょうか。頭の回転がボトルネックであるという仮定には、もちろん経験的な妥当性はあります。しかし厳しい見方をすれば高速配列を作れない・高速タイピングが出来ない・高速で文章を考えられないという能力不足に対する"逃げ"、という側面はあります。すなわち人間の能力開発に見切りをつけているということです (これが100mを8秒台で走れという程の事であれば、逃げは正解ですけどね。そうと言い切って良いのでしょうか?)。

 

②たしかにタイピング能力は指を高速に複雑に動かす必要があり、楽器やスポーツと同じく才能がものをいうでしょう。才能談義はまぁどの界隈でも不毛に終わるのでしませんが、それでも才能に見切りをつけるタイミングは常に慎重でなくてはいけません。そもそもタイパーのタイピング練習の姿が外の界隈に向けてあまり発信されていないのが問題ではないでしょうか。たとえば以下のような事があります。

(i) タイパー上位層にとって一日10万打鍵の練習は普通。少なくとも人生のある時期に毎日10~20万打鍵の練習を積み、そこで培った能力を維持している (タイピング能力は一度上達しまえば他のスポーツ等と比べて劣化しにくい)。

(ii) タイプウェル (http://www.twfan.com/) はここ20年間のタイピング文化の象徴であり、至高の (誇張してるかもしれないが) タイピング練習用ソフトである。

(iii) タイピング技術の錬成は (A) 乱打によるトップスピード限界突破と (B) 正確重視の指矯正の二つのステージの繰り返しからなる。タイプウェルの「10ミス制限」は速さと正確さを両立する感覚を磨く上で特に人気のある練習条件である。

タイパーでも個人差はありますし上記以外にもいろいろノウハウあるでしょうけど、でもたとえば以上のような基礎的な事柄はタイピング練習をする一般の人々にきちんと伝えられているのでしょうか?もちろんタイパー界では競技文化が浸透しているのであまり自分の練習技術を積極的には他人に公開しないのが普通ですが、これらの事を知らずに「自分は才能がないから高速タイピングには興味ない」と思い込む人を増やしてしまっていたら、それはもったいない事です。

要するにですね、タイピングが遅くて嘆いている人の体をタイパーの脳が乗っとったとしても、本当にその手では高速打鍵はできないんでしょうか?

もちろん普通の人がいきなり毎日10万打鍵始めたら間違いなく腱鞘炎などが心配ですね。その場合も本当にやばいケースからちょっと打ち方工夫すれば済むケースまで千差万別なので難しいですが。。ただ一週間に一日くらいは数万打鍵くらいはしたほうがよいです。他人に配布しようとする配列を作るうえで、配列屋がタイピング技術そのものの鍛錬・研究を怠って良い筈がありません (成長しすぎると常人だった頃の感覚が無くなるのも悩ましい問題ですけどね)。

 

③大昔に英語圏で作られたQWERTYをそのまま現在において日本語ローマ字入力に使っているという事は普通に考えて滑稽なことではあります。一方で淘汰されずに生き残っている事実はリスペクトされるべきであり、しかも未だに多くの人々が大した疑問を持たずに使い続けてる事には、なにか特別な偶然があるのかもしれません。日本人がアホでないとすればそういうことです。実際に英語でもローマ字でも最上位のタイピストQWERTYであるのは事実であり、それを客観的に、理論的に説明する必要があるでしょう (本当はタイパーにこれをやってほしいのですが、従来配列の評価は配列屋の仕事とも考えられます)。

 

ここまで書いてみて、私は一貫して人間の能力開発に見切りをつけるのはもったいないということを論じてるのでしょうかね。というか自分の首を締めるような結果になってます。

 

次にタイパーサイドにとっての①、②、③の捉え様をおそるおそる考えてみます。

 

①ってかタイパーってちゃんと自分のタイピング技術を実用で生かしているの?もちろんタイピング活動は (私もそうですけど) 趣味であり、実用性だとか社会貢献とかいうのを持ち出しすぎるのは確かに野暮なんですが、少なくとも人より速く作文できる事を示す人はもっといてもいいんじゃないでしょうか? (自分で言ってて耳が痛い) タイパーは作文どころか漢字変換にも興味ない人が多いです。もちろん指を速く動かしたいだけなら漢字変換は関係ないですし、加えて漢字変換込みのタイピングゲームがもともと少ないのもいけないのですが。でももったいなくないですか?せっかくそんなに速く打てるんだから、その技術を生かして最強の作家になろうと考える人が2~3人はいてもいいじゃないですか (既にいらしてたらすみません)。タイピング能力が高いだけならただの芸人です。文章作成能力が伴って初めて社会にとって価値のある能力となります (耳痛いし趣味だったらそこまで考えなくていいんですけど!)。記録更新した時と同じように、爆速で文章作成できる自分をドヤりましょう。

 

②タイピング能力ってどの程度才能に依存するんでしょうかね。たとえばですよ、目の前にタイピングが遅くて困っている人がいるとします。(上にも書きましたが) もしその人の体を乗っ取れるとしたら、タイパーなら多少は筆を選ばずとも高速タイピングができる気がしませんか?つまり、高速タイピングの練習法が全然民に届いてないせいで、人間のタイピング能力そのものが社会で過小評価されてると思うのです。

 

QWERTY配列って知ってますか?お手元のキーボードの三段目を左から読み上げてください。でも配列に興味なければ知るよしもないですよね。ただ何故あなたは今そのキーボードを使わされているのか、いかにして今のアルファベット配列を強制されているのかは、考えても良いのではないでしょうか。日本人にとってQWERTYキーボードは「たまたまそこにあったから使った」に過ぎず、使い続ける理由なんてないんですよ。キーボードをちゃんとしたホームポジションと標準運指で使えていますか?別に使えていなくて構いません。なぜならQWERTY配列は教科書通りのタイピングで速く打つためには設計されていないからです。そんなものを強制されてる事実をおかしいとは思いませんか?

 

あくまで指を動かすのが好きなだけ、という方々に上記のことを求めるのは酷なんですけどね。ただ現時点で最高のタイピング技術と練習ノウハウを本人達が知らずうちにも持っているのは事実なので、それをキーボード文化の発展に利用しないのはやはりもったいないように思います。

 

くどくど書きましたが、要するに配列屋とタイパーシナジーが上手くいかない根本の失敗理由はそれぞれ以下のとおりです。

・配列屋は真の意味でQWERTY配列を理解・解析しきれてなく、これの上位互換となる配列を考案できていないし、高速タイピングで結果も残せていない。

タイパーはどうして自分がQWERTY配列を使う事を強制されているのかを知らず、高速打鍵に興味あるくせに配列変える事による高速化を考えようとしない。

 

もちろん、たとえば同時打鍵は高速域が不利なだけで中速域では効率が良いとか、スポーツカーだけじゃなく普通の乗用車も必要だとか、他方でQWERTYは指の能力が高ければ決して悪い配列ではないだとか、雀踊り百まで忘れずとか、お互い棲み分けをする言い訳はいろいろとあるんですけどね。

 

偉そうなこと論じておいて、私自身もどこまで有言実行できるか分かりません。というか「いろは坂配列」がQWERTYとJISかなをタイパー的速度で真に凌駕する配列の存在証明になることをまず目指してます。配列屋としては中の下、タイパーとしては中の上に位置する私が作った作品なので決して最高ではなく、一矢報いる事くらいしか出来ないかもしれませんが、あくまでも存在証明ができれば十分です。例の実装方法が限定的でしかもJISキーボード以上のキー数が必須なので積極的に他人に配布、とはならなそうですが。。ただ新配列使いガチタイパーが一人でも増えれば、タイパーが配列だとかキーボード入力技術のあり様を考える機会になるはずで、自分にできそうなのはまずはそこからかなと思ってます。

 

 

(いろは坂配列使用、3836字、漢字27.5%、1時間40分、384字/10分 その後ちまちま修正あり)