いろは坂配列練習道場

~単打最多の最凶かな配列を10本指で調教しよう~

QWERTYは点字と似ている

急に何を言い出すんだという感じですが

点字は文字を絵的なものに変換して読むものです。

QWERTYも文字を絵的なものに変換して書く道具であり、

純粋に脳の言語域だけで解決しそうな読書・手書きに対して、上記のものは言語ではない絵的な何かを介して言語に接しているので

字↔点字、手書き↔タイピングという対応関係があるのではないでしょうか。

 

この手の話は一昔前の右脳・左脳論と相性がよさそうですね。今は右脳・左脳で脳の役割を分けて論ずることは科学的に間違いとされているみたいですが。

でも少なくとも言語域と絵的な直感力は脳みその領域が離れたところにありそうです。

もちろん字だってイメージではあるんですが、同じようにペンを握っているのに字が上手い事と絵心があるのはほぼ関係ないと思われますし、文字を読む時と絵を見るときで脳の働き方が違うのは説明不要かと思います。

一つの漢字ずっと見てると「あれ、この字ってこんなんだっけ?」と思う事ありませんか?これは今まで言語域で認識していた字を初めて絵的に認識したことによる感覚だと思われます。また、少しでも顔のパーツがずれていたら凄く違和感が生じる絵画と違って、人が書いた字が多少崩れてたって全然気にせず読めますよね。これも字を絵的に認識しているわけではない根拠です。

 

正しいのかどうかは知らないけれど「右利きの人は左手で読み、左利きの人は右手で読むほうが正しく速く読めるみたいである」なる記述を見つけ、おや?となったのでこの記事を書いてる次第です。

blog.livedoor.jp

もうちょっとネットで調べると、点字の触読は実際に利き手による差が少ないらしく、左手で読むほうが効率良いと主張する学説が登場してからは混沌としているようですね。

http://s-ja.hiroshima-u.jp/upload_files/download_files/o4187_1.pdf  (PDF47ページ目)

 

実際には点字は両手を使って読むのが一番速いようです。また左手が優位というわけではないけれど、手書きの利き手ほどの差は出ない模様です。この辺の事情もタイピングと似ていますね。

https://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/files/public/2/27031/20141016155809108934/HiroshimaJSchEduc_8_87.pdf

 

タイピングも利き手が有利かというと一概にはいえないです。たまに利き手の逆が動かしにくいということをいう人はいますが、利き手による差を感じたことない人も多いはずです。私個人は右利きですが左手のほうがタイピングでは優秀です。

飛鳥カナ配列では利き手として多い右手を極端に重視したことで有名ですが、そのほかの新配列ではさほどそこまで左右差をつけてない模様です。利き手による差は多少はあるかもしれないけどそれでも左右を同じくらい使ったほうが全体の効率が高くなる、という説が配列論でも主流なのではないでしょうか。

 

さて、QWERTYが絵的ってどういうこっちゃいって話なんですが、

以前、脳内発声があるとキーボードが光るという議論がありました (主に大岡さんのブログで)。

より正確にいうとキーが光るというより他の部分が暗くなる = 意識の外にいくイメージかもしれないですが、

これはまさに絵的なものを介して文章を入力しているといえるでしょう。

 

特にキーボードを光らせるなる謎技術は、QWERTYを上手く使うには必要になるようです。

これは私が無意識に実践していることですが、みんなだいたい同じだと思っています (検証しようがない)。まず今から打つ文章を3文字くらい先まで想像して、どのキーを打っていくのかキーボードの上を一筆書きするようなイメージを作り、キーをなるべく打鍵間隔を圧縮して"とりにいく"。これの繰り返しです。

以前、これを露骨に実践してみた動画があります。

www.youtube.com

動画2分目くらいからの断続的思考タイピングに注目してほしいですが、間欠的にじゃらじゃら打つタイピングのようすはまさに脳内の打鍵の組み立て→タイピングという繰り返しになっています (この間に文章を考える思考をしています)。

タイパー的な無思考タイピングではタイピングしながら頭の中で次の打鍵の組み立てをするので、見かけ上休みなしで打っているようにみえます。

  

等速でカタカタ打っててもそれこそQWERTYは不合理です。なぜならQWERTYの長所は上段を軸にした快適な片手アルペジオの繋がりの良さであり、連接を意識しなければ一切速く打てません。QWERTYでは子音・母音がじゃらっと打てる事が多いため、慣れる人は無意識にカナ文字ごとで2打ずつじゃらじゃらと打つようになるようです。連接という高度なタイピングテクニックを自然と身につけられるように一応なっていますし、これさえできれば多少運指が自己流だったりしてもカタカタの等速タイピングよりは十分速く打てるため、QWERTYを不便なく使っている人はこの辺のコツを掴んでいると思われます。

  

速い連接にはどうしても指の運動性が必要になり、腱鞘炎のリスクが上がるため腱鞘炎のリスクを回避するためにはゆっくり打つしかなく、ますますQWERTYが不快になります。若年層中心のタイパー界ではQWERTYが人気なのに、一回り二回り上の世代で構成される配列界でQWERTYがボロクソ言われていたのは極めて自然なことです。

 

ただそれじゃあQWERTY打てるならQWERTYのままでいいかというと、そうでもなさそうだというのがここで話題にしていることで、大岡さんの議論と重なってくるところですが、

QWERTYは言語域とは全く異なる脳の領域を使わないと扱えないから、思考を言語域に集中させて言語を極めたい人には原理的に不合理、といえそうです。

 

不合理なQWERTYがなぜか生き残っている理由に、若者の国語離れもあるのでしょう (国語離れ代表が私で、アラサーになって急にこのような文章を書き始めたのは自戒の念もあるかもしれない)。

  

絵的な認識はQWERTYだけではなくタイピング全体として多少なり必要かもしれないけれど、新配列ではそうではないかもしれない。

たとえばキーボードを絵的な認識をする私は同時打鍵を含む配列をほぼ全く使えません。たまに練習しようという気にもなるものの、タイプウェル150秒くらいですぐやめてしまう。同時打鍵ではキーボードを光らせることはできても前の文字からの一筆書きは無理なので、どうしてもキーボードをなぞるような絵的なタイピング方法とは相性が悪いようです。キーが光ってるだけ同時に打て!みたいな指示は無いので、油断すると同時打鍵を要する2打をふつうに順番に打ってしまいます。別な言い方をすると、キーボード上の異なる2点に同時に意識を向けることができません。一つの絵の異なる2箇所を同時に注目するのは左目と右目を別々に動かすようなものです。

 

国語の成績が極端に低い私が苦手なのが同時打鍵ということなので、同時打鍵こそがキーボードが光ることを防止し、言語域を活用するための配列なのではないかなどと予想しています。"連続でない連続シフト"も入るのかもしれない。ただちょっとこれを証明するのはこの程度のブログしか書けない私には無理なので、他の同時打鍵系の作家が現れたり作文動画が上がるまで待つしかないんだろうなぁ (いずれにしても私は傍観者ではある。。)。

 

話が戻りますが、点字QWERTYは使い方がやっぱり似ていますね。使うには4つのステップがあります。

    点字:①点字の触感→②イメージに変換→③点字に変換→④文字に変換

QWERTY:①脳内の単語→②ローマ字に変換→③キーボード上の一筆書きイメージ形成→④タイピング

ローマ字変換にはあまり触れませんでしたが、これは点字での点字→文字変換に相当します。その手法を使うためだけに別途学習が必要となる変換であり、ここも似てましたね。

QWERTYには点字のような文字の記号化が必要なのです。キーボードが光る様は点字と似ている?なんて。

 

点字QWERTYサイドにすると誤解されそうですが、そもそも私は点字を経験してないので点字の評価はできませんし、悪いとはいっさい言ってないです!目を使わずに読める画期的な表現方法です。

言語能力のほかに絵的な想像力が別途求められそうだから、目が見える人までふつうの字より点字を利用するのが効率が良いなどとはならなそうだけど。。でも全く異なる世界が見えそうなので目が見える人でも点字をちょっと触れてみるといいのかもしれない。"両手で読む"という感覚は体験したいものです。

 

 

 

 (いろは坂配列、約1時間半)