新かな配列練習道場

~単打最多の最凶かな配列を10本指で調教しよう~

疲労に自覚的かどうか

タイピングは腱鞘炎と切っても切り離せません。

腱鞘炎になった・なりかけた人なら分かるはずですが、腱の中にスイッチがあるような感覚で、腱鞘炎を悪化させる指の使い方をするとスイッチが反応し違和感・不安感を覚えるようになります。

  

このような疲労スイッチがもともと人間の部位のいたるところにあって、疲労に自覚的ならONで、そうでなければOFF。

疲労に自覚的にはなりたくないけれど、疲労スイッチの存在は早めに知っておきたいですね。

 

タイピングといえばタイピングゲーム。でもゲームだと自分が一番楽に速く打てる姿勢・速度で打てるので、意外と腱鞘炎になりにくいです。休みたければ休めばいいし。

数十秒間打ち続けるタイプウェルは実はゲームとしては長距離に分類してもいいかもで、

e-typingのように短文を3秒以内で打ってちょっと休んでの繰り返し、まさに断続的といえるタイピングがタイピングゲームでの主流だと思います。

インテルステノは10分間で競技タイピングとしては超長い。詳しくないけれど指を痛めずに長時間安定して動かすのは練習からして頭使うし、頭脳派の競技という印象。

毎日パソコンコンクールは10分間だっけ?こっちは疲労に自覚的でない若い人ばかりが参加するから、腱鞘炎うんぬんという議論にはならないんだと思います。

 

タイピングの負荷の考えるとき、打鍵数はあまり参考にならないようです。

たとえば作文系だとどうしても自分の脳に振り回されてしまい、思考を反映した文を思いつくタイミングはどうしても散発的なので、指の動きは等速ではなくぎこちなくなります。

思考しながら文が降ってくるのを指が待っていると中途半端に筋肉が緊張します。これが長時間続くと、肉体が消耗し、寝ても治らないような違和感や凝りや痛みを覚えるようになり、疲労を自覚するようになります。

まぁ私のように作文が下手であればしょっちゅう止まってばかり・筋肉が休んでばかりなので、あまり手は疲れないけれども。

   

スポーツのアスリートでも若いうちは本能に任せてがむしゃらに練習するだけで伸びるのかもしれませんが、

20後半あたりで肉体が自然と弱くなり、何もしなければ衰えるし、だからといってトレーニングしても伸び悩むし、疲労が回復しにくくなります。

パフォーマンスが日ごとで大きく異なるようになり、計画的に肉体を管理しないとコンディションの頂点を試合に持っていけません。

あえて練習しないほうがいいくらいですね。戦略的に練習量を減らす配慮が必要になります。

実際、若い頃は爆発してたのに最近は怪我を繰り返してばかりな選手は大勢いるし、

若い頃はぱっとしなかったけれど息が長くて重宝されるベテラン選手もいます。

 

タイピングゲームでも実は30歳を超えるようなタイパーならあえて毎日練習しないことは実行している思います (ふつうに若い頃のように暇ではないから毎日練習できなくなっただけの人も多いと思うけど)。

というか、ツイッターで流れてくるような記録更新ツイートって引退パーというか、久々に気分転換で打ったらなんか更新しました!練習してないけれどまだまだ全然速く打てます!っていう系のツイートがあまりに多いですね (人の事は言えない)。

これは毎日頑張って手を痛めながらだましだまし練習するよりも、何もしないで手を十分休ませてから適当に打ったほうが速く打てるという事を反映していると考えています。スポーツでの戦略的休息の効果が、タイピング界ではもっと極端です。これは余談ですが、ただでさえ才能がものをいうタイピングで、まして練習しないほうが伸びるという、努力が裏切られやすい競技No.1だと思う (だからこそ努力し続ける人が凄い)。私も一度闇に落ちたから配列変えたろ、と思った次第です。

 

さておき、日常だろうがスポーツだろうが、疲労に対して自覚的になると自分の体をいたわってあえて力をセーブする行動をとります。

タイピングだったら速く打てる連接が目の前にあっても、あえてゆっくり打つような配慮です。周囲に迷惑かけないようにあえて静かに打つ時の配慮と似ているかもしれない。疲労に自覚的だと周りに誰もいなくてもおそるおそるタイピングしなくてはいけないような状況でしょうか。

 

疲労に対するもうひとつの工夫は、原理的に指の限界を超えないようにキーボードや配列の速度性能に天井を設けることです。

 

楽さを謳う同時打鍵の導入が、まさにそうだと思います。

楽であることのメリットもそうですが、速く打ちようがないのだから腱鞘炎になりようがないはずというわけですね。危険エリアの手前に設けてある柵に相当します。

 

疲労に対して自覚的になることをスイッチに喩えると分かりやすい。

スイッチは一度入るとなかなかOFFにはなりません。無知から既知になれても、その逆は非常に難しいからです。知らないことは幸せなのです。

 

私はQWERTYいろは坂配列くらいしか使えないのだけど、おそらく配列と疲労スイッチの関係はこんな感じと思ってます。

 

まだOFFの人がONになる事なく速く打てる = 指をフルに使う合理的な同時打鍵配列 = 新下駄配列、飛鳥カナ配列、NICOLA(?)

既にONの人でも使い続けられる = 人差し指・中指重視の同時打鍵配列 = 薙刀

OFFのうちは使えるが遅かれ速かれみんなONになる = 順次打鍵配列全般

 

私はタイピングゲームやチャットといった短距離走で育ったから順次打鍵の民。タイパー界では同時打鍵がはっきりいって人気ありません。少なくとも同時打鍵を操るZタイパーはいないし、あれだけ勢力のある親指シフト界からタイパーがほぼ輩出されていません。同時打鍵は速く打てないからです。

ではなぜ高速タイピストが結果を出している順次打鍵ではなく、頭脳派集団である配列屋がタイパー実績がない同時打鍵に手を出すのかというと、このギャップについては最近は幾重にわたってさまざまな方向から随所で語られるようになったとは思いますが、一つの整理軸が疲労スイッチというわけです。

 

順次打鍵配列だと上達すると原理的に速く打ててしまうので、容易に肉体の限界に到達しやすいと思います。短時間しか打たないうちは気づかなくとも、いざ本気の長時間タイピングしてみるとわかります。気をつけて速く打てる打鍵でセーブしたり、またあえて上達しない工夫(?)をすれば使い続けられるかもしれませんが。

また順次打鍵配列でも人差し指と中指だけで打てれば息が長いかもしれません。合理的な配列が組めるかは分からないけれど、QWERTYを片手2本指ずつで器用に使う人が稀によくいるのはそういうことかもしれない。

 

私も最近は疲労に自覚的になってきました。タイパー活動だけではなく普段使いのタイピングを考えるようになったからというのもあるけれど、アラサーなので年齢的にも自然ななりゆきですね。

ちょっと体に負担がかかる打ち方や構えに気付いたとき、以前は寝れば治るからどうでもいいと思っていたのだけど、

今は短期的なちょっとの負荷が長期的にどのようなリスクになるか見通せるようになり、縛りが増えました。

具体的には、いつぞや話題にした等速的なタイピングをあまりしないように心がけるようになりました。等速的に打つとライティング上達の糸口が見えたような気がしたけれど、もともと間欠的スタイル、長文はじっくりと論文調の作文だけできれば満足だったこともあり、早々にリタイア気味です。短距離走で最高を使用感が得られればそれでよいです。もともと長距離走は苦手なタチです。

それでも私にマラソンの才能がないからといっていろは坂配列に泥を塗りたくないので、内容はさておき2000~3000字のブログ程度の中距離なら余裕でいけますよ、というアピールがしたくこうやってカタカタしてるわけですが。

 

どなたかが「私は他人に特定の配列を布教するのはやめた」と言ってたけれど、ちょっとわかるようになりました。

ヒトの個体差ももちろんですが、疲労スイッチへの自覚や、そのスイッチの構造が同じような人でなければ配列を布教してもあまり意味がないのでしょう。

 

私が順次打鍵配列を使い続けるのは疲労のリスクを呑んだ上で、それでも同時打鍵にはないメリットを重視しているからに過ぎません。それについてはまた追々。。

 

  

 

 

 

効率とロマン

よくありそうで何にでも当てはめて論ぜそうなやつ。

 

ぱっと思いつくのはゲームの楽しみ方ですね。エンジョイ勢とガチ勢という枠組みがありますが、エンジョイ勢を自称するグループの中では気分転換程度にしかゲームをしない本当のエンジョイ勢と、本気でゲームを楽しんでいるものの効率ではなくロマンや拘りを優先するエンジョイガチ勢とがあります。特に対人ゲームだとエンジョイガチ勢は勝率は必ずしも高くないのでガチ勢を名乗る事は憚られますが、ゲームに対する真剣度でいえば十分ガチ勢ですね。ただ本当のガチ勢ではゲームの上達こそが目的となっており、彼らの前では勝てなくても自分が楽しければいいというような論理は害とみなされます。

 

サラリーマンでもそうかもしれません。仕事で自分を削るようにストイックになれる人と、給料もらえて家族と幸せであれば仕事はほどほどでいいやという二つのグループにどうしても分かれます。どちらが効率派かというとちょっと難しくて、仕事の効率ならそりゃ前者ですが、家族をもっとも効率良く幸せになるとするなら後者です。で、今の時代は前者のような生き方は中年以降に体調崩したり家族サービスがおろそかになって不仲になったり子供の発育にも悪影響かもで結局総合的に効率悪いとされるから、前者のほうが実はロマン派なのかもしれません。ワークライフバランスだとかホワイト企業だとか言われるようになり、エンジョイ勢でも給料をもらえる時代になりました。良くも悪くも。

さて、配列開発というのはQWERTYの否定から入るから、もっぱら効率派の世界と思いきや実はそうでもないですね。

 

わかりやすい例がいろは坂配列でしょう。単打を限界まで増やすというロマン派です。意外と効率も良いですよと言いたいところですけれど、小指と薬指を他の指と等価に動かせというのが酷であるのは事実です。単打特化では打鍵速度は必要ないから別にそこまで大変じゃない気もしますが、そもそも人々は試用する気にすらならないでしょう。

ピアノを弾けない人はピアノ弾ける人の脳みそを全く理解する事ができません。いろは坂配列もそういう目で見られているのは、なんとなく想像できます。(どうでもいいけど私がフルート吹けてピアノは出来ないのは、タイピングは好きなのに同時打鍵が出来ない事に通じてるんだろうな。。同時打鍵は和音)

 

飛鳥カナ配列もロマン派と思ってます。カナ文字連接に存在する数少ないルールである清濁関係をも崩して打鍵効率追求を目指すのは、一つのパラメータの追求に他のパラメータ (記憶負担) をまるで軽視するという、ロマン派の論理です。私は使ったことないので恐縮ですが、見聞によれば打鍵の楽さを徹底的に追求しすぎて他のところで敷居が高くなっている印象があります。NICOLA勢の中で飛鳥カナ配列があまり話題にならないことが傍証でしょう。

 

ロマン派において効率化とはあるパラメータを特化させるための名目でしかなく、しばしば他のパラメータが犠牲となるので総合力や汎用性は劣り、尖りがちです。コンセプトがはっきりしているからアイデンティティとはなるのですけれど、実際に効率上昇の恩恵を受けられる対象は限定的となります。

 

配列開発の目的をシビアに考えると、人生における生産性向上を掲げないといけないので、まぁなかなか。。

 

仕事量を字数で判断できるような仕事であればわかりやすいです。ライターや作家ですよね。ただ字数で仕事量を判断するケースでは分単位の速さではなく時間単位の楽さのほうが圧倒的に効率に結びつくというのは大岡さんのブログを読むと非常によく分かります。実際に自分も1時間以上ぶっ続けでタイピングしたらよくわかりました。

 

医者とか弁護士とかプログラマーとか、タイピングいっぱいしてそうな業種は他にもありそうですが、ちょっとよくわかりません。QWERTY極めればそれで済んでしまうのかもしれません。

たとえばプログラマーだとアルファベット縛りがあり、複数の行段配列を使い分けることが人類には難しいらしく配列変更すなわちQWERTYを捨てる覚悟という敷居が高い事情もありそうです。

先日も言いましたが無思考で延々と書き続ける仕事なんて実際にはあまりないから、結局思考時間で業務効率が縛られて、タイピングが速くなることによる効率上昇は微々たるものなのかもしれません。

 

タイピングし続けることによる体へのダメージが最も仕事効率を低下させている要因と思われるので、配列に真の効率を求めるならまず"楽さ"を求めるべきなのでしょう。速さは二の次、三の次と思われます。

つまり、配列界では楽さを追求しているのがガチ勢であり、速さを追求しているのがエンジョイ勢といえるのではないでしょうか。

これまでのタイピング界からの印象とは真逆に見えますね。でも速さの追求は趣味の短時間の世界で完結してしまうと考えると、こうなのでしょう。ゲームでのエンジョイガチ勢がタイピストの位置づけでしょうか。

  

 

1日1000字程度しかタイピングしない勢であればもはや新配列の対象ではなく、QWERTYでいいんじゃないかというような気もしますが。

  

ただ普通のサラリーマンでもタイピングがあまり上手くないせいで他の能力が高いにもかかわらずあまり活躍できてない人はいると思うんですけどね。たとえばメールがめんどくさいから電話する、というのがそうです。でも電話だと記録に残りにくいし、聞き取り間違えもあるし、そもそも席外していれば電話を受け取れないし、他の人が代わりにとって折り返しまた掛けますというのはそれこそ業務効率低下ですし。個人的にはメールのほうが本当にありがたいんですけど、数百字程度のタイピングですらままならない人が実際に多いということでしょう。よくある1~2枚の報告書なんかもコレ系ですね。QWERTYが打ちにくいのがいけないんだと言われれば反論できないから、数百字程度でもいいから楽に習得して速く打てる配列があればいいですね (先日のローマ字配列がそういう目的なのかも)。

 

いろは坂配列での効率増加は「よろしくお願い致します。」を1秒で打てる事によってテンションがあがる事くらいでしょうか。楽さについては、他の配列を私自身が1時間以上ぶっ続けで使ったことはなく、また他の人がいろは坂配列が疲れるというようなことも検証していないため、よくわかりません。いろは坂配列が不利なのは学習面であり、打鍵数少ないから意外と楽な配列だったりして、なんて望みもあります。

私は文字数が仕事成果の目安となるような"書く仕事"には従事していないわけですが、それでもタイピングスキルを仕事に活かしたく書かなくて良いとされることまで書くようになったので、そこはよかったですね。口頭で話せば良いことも、コミュ力低い私だと齟齬があると嫌だから、とりあえずメールを送っておいてそれを口頭説明の補助にしようとかの配慮が気軽にできる。タイピングが嫌いだとやらないと思う。枚数制限なしの報告書でタイピングめんどいから必要最小限の内容に留めよう、みたいなことも無くなり書きたいだけストレスなく書けるので良いですね。

  

いずれにせよ私はエンジョイ勢に属してしまうから、エンジョイ勢なりの自己正当化する論理を集めたほうがよさそうですね。。タイピングを好きになることで仕事や人生が楽しくなる、みたいな方向性をアピールしていくべきでしょうか。

 

 

自作キーボードにはあまり興味なかったのだけれど

これはすごい。。めちゃくちゃほしい。

 

nashi-kbd.hatenablog.com

  

狭ピッチも特長だと思いますが、個人的な衝撃点は以下の二つ。

・人差し指 < 中指 = 薬指 > 小指のカラムスタッガードを初めてみた。

・コンパクトキーボードなのにちゃんと親指ゾーンは隔離されている。

  

配列界ではΩ型ホームポジションという言葉があり、配列によってはキーボードの3段目に中指・薬指を置く構えがよいとされています。指を置くキーをなぞるとΩに見えるからこう呼ばれているのだと思います。

たとえばQWERTY配列ではよく使うE、I、Oが3段目にある事から特にΩ型と相性が良いことが知られ、指を伸ばしてここち良さが150年前に設計されたにもかかわらずQWERTYが未だに生き残っている理由の一つと考えています。

 

カラムスタッガード配列があるのは知ってましたが、格子配列から中指と薬指が同じだけズレたような、Ω型ホームポジションに相当するシンプルな配列がなかったと思います。

記事では逆ハの字の構えについて言及がありますが、ふつうの構えだとしても人間の指の長さは人差し指 << 中指 ≧ 薬指 >> 小指なので、普及しているカラムスタッガードは中途半端にズレているだけにみえて物足りないです。

一体型キーボードでは肩甲骨をあけると必然と逆ハの字の構えになると思いますが、逆ハの字ではふつうのキーボードだと薬指をさらに曲げなくてはならず辛いんですよね。逆にこれさえ解消できれば、一体型キーボードでも楽に打てるようになると思われます。

  

また人によって指の長さが違うからややこしくなるところを、綺麗に中指と薬指だけ1/2ズレと割り切っているところも美しいです。

もちろん各人の指の長さに応じてズレを最適化できれば理想ですが、それだと個人用として特化されすぎで、またズレが数学的に中途半端になるため空間把握が難しくなりそうです。

 

ブラインドタッチはキーボードの物理配列が数学的にシンプルなほど空間把握がしやすく有利と考えられます。もっとも美しい格子配列から対称性を最小限崩した代わりに絶妙な快適さを手に入れうるのが中指・薬指1/2ズレと思われます。

 

 

もうひとつの興味は、親指ゾーンを下に隔離していることです。

19mmは日本人の手には大きすぎるのに何故かコンパクトキーボードが流行らない理由の一つに、単純にキーピッチを縮めると親指が苦しくなるから、という事があると思います。なのでコンパクトキーボードでは親指ゾーンとそれ以外を離す必要があると思っていて、でもそれはもうJISキーボードの範疇を超えていて自作キーボードの世界でしかできないのでしょう。

19mmの時点でも親指が苦しいのもあり、既に親指ゾーンが隔離されたものはいろいろあると思いますが、コンパクトキーボードでは親指ゾーンの隔離 = キーボードの肥大化となり、一見コンセプトに反する?のであまりなされてこなかったように思います。ただ、この配慮はコンパクトキーボードでこそ重要だと思います。

 

 

配列屋の事情ですが、個人的には三段目に中指と薬指を置くΩ型のほうが絶対に性能が良いと思っていて、しかしΩ型にすると3段配列だと利用可能キーが減ります。中指と薬指担当の最下段が利用できなくなるためです。たとえばローマ字入力で小指を使わないでΩ型で設計しようとすると、絶妙にキーが足りなくなります。なので配列は通常ホムポ前提で作っておいてΩ型が好きな人は物理で解決するのが良いと思ってました。中指がズレてる縦ズレキーボードは多いのに薬指はそうでもないものが多いので、今後中指・薬指統一ズレのキーボードが増えてくれることに期待です。

 

 

15×14mmはさすがに小さ過ぎではないかなどと不安もありますが、ぜひ触ってみたいですね。ハンダ付けの練習しておかなきゃ。。

 

 

----追記----

大岡さんの記事

oookaworks.seesaa.net

たしかに中指が1U離れると使いづらそうですね。Ω型ポジションをそのまま物理にもってくるとΩ型ポジションの配列設計が難しいのと同様のデメリットが物理でも現れるということでしょう。

その点で1/2Uズレ、コンパクトキーボードというのは期待できますね。

人指し指・中指の連接の高低差は人によってどこまで許容できるか、というのも気になっていた。格子配列QWERTYでNIの2U縦ズレ連接は打ちやすいと思ってたけれど、それは自分の構えが一体型キーボードに対してハの字で構えているから中指が上段に届きやすいからっぽい。正面から構えたり、分離キーボードをハの字においたら確かに微妙だこれ。3/2U縦ズレなら正面でも許されるかな。

中指が人差し指ゾーンに触れると違和感というのは想像していなかったなぁ。こういう使用感のレビューは本当に参考になりますね。

 

 

 

QWERTYは点字と似ている

急に何を言い出すんだという感じですが

点字は文字を絵的なものに変換して読むものです。

QWERTYも文字を絵的なものに変換して書く道具であり、

純粋に脳の言語域だけで解決しそうな読書・手書きに対して、上記のものは言語ではない絵的な何かを介して言語に接しているので

字↔点字、手書き↔タイピングという対応関係があるのではないでしょうか。

 

この手の話は一昔前の右脳・左脳論と相性がよさそうですね。今は右脳・左脳で脳の役割を分けて論ずることは科学的に間違いとされているみたいですが。

でも少なくとも言語域と絵的な直感力は脳みその領域が離れたところにありそうです。

もちろん字だってイメージではあるんですが、同じようにペンを握っているのに字が上手い事と絵心があるのはほぼ関係ないと思われますし、文字を読む時と絵を見るときで脳の働き方が違うのは説明不要かと思います。

一つの漢字ずっと見てると「あれ、この字ってこんなんだっけ?」と思う事ありませんか?これは今まで言語域で認識していた字を初めて絵的に認識したことによる感覚だと思われます。また、少しでも顔のパーツがずれていたら凄く違和感が生じる絵画と違って、人が書いた字が多少崩れてたって全然気にせず読めますよね。これも字を絵的に認識しているわけではない根拠です。

 

正しいのかどうかは知らないけれど「右利きの人は左手で読み、左利きの人は右手で読むほうが正しく速く読めるみたいである」なる記述を見つけ、おや?となったのでこの記事を書いてる次第です。

blog.livedoor.jp

もうちょっとネットで調べると、点字の触読は実際に利き手による差が少ないらしく、左手で読むほうが効率良いと主張する学説が登場してからは混沌としているようですね。

http://s-ja.hiroshima-u.jp/upload_files/download_files/o4187_1.pdf  (PDF47ページ目)

 

実際には点字は両手を使って読むのが一番速いようです。また左手が優位というわけではないけれど、手書きの利き手ほどの差は出ない模様です。この辺の事情もタイピングと似ていますね。

https://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/files/public/2/27031/20141016155809108934/HiroshimaJSchEduc_8_87.pdf

 

タイピングも利き手が有利かというと一概にはいえないです。たまに利き手の逆が動かしにくいということをいう人はいますが、利き手による差を感じたことない人も多いはずです。私個人は右利きですが左手のほうがタイピングでは優秀です。

飛鳥カナ配列では利き手として多い右手を極端に重視したことで有名ですが、そのほかの新配列ではさほどそこまで左右差をつけてない模様です。利き手による差は多少はあるかもしれないけどそれでも左右を同じくらい使ったほうが全体の効率が高くなる、という説が配列論でも主流なのではないでしょうか。

 

さて、QWERTYが絵的ってどういうこっちゃいって話なんですが、

以前、脳内発声があるとキーボードが光るという議論がありました (主に大岡さんのブログで)。

より正確にいうとキーが光るというより他の部分が暗くなる = 意識の外にいくイメージかもしれないですが、

これはまさに絵的なものを介して文章を入力しているといえるでしょう。

 

特にキーボードを光らせるなる謎技術は、QWERTYを上手く使うには必要になるようです。

これは私が無意識に実践していることですが、みんなだいたい同じだと思っています (検証しようがない)。まず今から打つ文章を3文字くらい先まで想像して、どのキーを打っていくのかキーボードの上を一筆書きするようなイメージを作り、キーをなるべく打鍵間隔を圧縮して"とりにいく"。これの繰り返しです。

以前、これを露骨に実践してみた動画があります。

www.youtube.com

動画2分目くらいからの断続的思考タイピングに注目してほしいですが、間欠的にじゃらじゃら打つタイピングのようすはまさに脳内の打鍵の組み立て→タイピングという繰り返しになっています (この間に文章を考える思考をしています)。

タイパー的な無思考タイピングではタイピングしながら頭の中で次の打鍵の組み立てをするので、見かけ上休みなしで打っているようにみえます。

  

等速でカタカタ打っててもそれこそQWERTYは不合理です。なぜならQWERTYの長所は上段を軸にした快適な片手アルペジオの繋がりの良さであり、連接を意識しなければ一切速く打てません。QWERTYでは子音・母音がじゃらっと打てる事が多いため、慣れる人は無意識にカナ文字ごとで2打ずつじゃらじゃらと打つようになるようです。連接という高度なタイピングテクニックを自然と身につけられるように一応なっていますし、これさえできれば多少運指が自己流だったりしてもカタカタの等速タイピングよりは十分速く打てるため、QWERTYを不便なく使っている人はこの辺のコツを掴んでいると思われます。

  

速い連接にはどうしても指の運動性が必要になり、腱鞘炎のリスクが上がるため腱鞘炎のリスクを回避するためにはゆっくり打つしかなく、ますますQWERTYが不快になります。若年層中心のタイパー界ではQWERTYが人気なのに、一回り二回り上の世代で構成される配列界でQWERTYがボロクソ言われていたのは極めて自然なことです。

 

ただそれじゃあQWERTY打てるならQWERTYのままでいいかというと、そうでもなさそうだというのがここで話題にしていることで、大岡さんの議論と重なってくるところですが、

QWERTYは言語域とは全く異なる脳の領域を使わないと扱えないから、思考を言語域に集中させて言語を極めたい人には原理的に不合理、といえそうです。

 

不合理なQWERTYがなぜか生き残っている理由に、若者の国語離れもあるのでしょう (国語離れ代表が私で、アラサーになって急にこのような文章を書き始めたのは自戒の念もあるかもしれない)。

  

絵的な認識はQWERTYだけではなくタイピング全体として多少なり必要かもしれないけれど、新配列ではそうではないかもしれない。

たとえばキーボードを絵的な認識をする私は同時打鍵を含む配列をほぼ全く使えません。たまに練習しようという気にもなるものの、タイプウェル150秒くらいですぐやめてしまう。同時打鍵ではキーボードを光らせることはできても前の文字からの一筆書きは無理なので、どうしてもキーボードをなぞるような絵的なタイピング方法とは相性が悪いようです。キーが光ってるだけ同時に打て!みたいな指示は無いので、油断すると同時打鍵を要する2打をふつうに順番に打ってしまいます。別な言い方をすると、キーボード上の異なる2点に同時に意識を向けることができません。一つの絵の異なる2箇所を同時に注目するのは左目と右目を別々に動かすようなものです。

 

国語の成績が極端に低い私が苦手なのが同時打鍵ということなので、同時打鍵こそがキーボードが光ることを防止し、言語域を活用するための配列なのではないかなどと予想しています。"連続でない連続シフト"も入るのかもしれない。ただちょっとこれを証明するのはこの程度のブログしか書けない私には無理なので、他の同時打鍵系の作家が現れたり作文動画が上がるまで待つしかないんだろうなぁ (いずれにしても私は傍観者ではある。。)。

 

話が戻りますが、点字QWERTYは使い方がやっぱり似ていますね。使うには4つのステップがあります。

    点字:①点字の触感→②イメージに変換→③点字に変換→④文字に変換

QWERTY:①脳内の単語→②ローマ字に変換→③キーボード上の一筆書きイメージ形成→④タイピング

ローマ字変換にはあまり触れませんでしたが、これは点字での点字→文字変換に相当します。その手法を使うためだけに別途学習が必要となる変換であり、ここも似てましたね。

QWERTYには点字のような文字の記号化が必要なのです。キーボードが光る様は点字と似ている?なんて。

 

点字QWERTYサイドにすると誤解されそうですが、そもそも私は点字を経験してないので点字の評価はできませんし、悪いとはいっさい言ってないです!目を使わずに読める画期的な表現方法です。

言語能力のほかに絵的な想像力が別途求められそうだから、目が見える人までふつうの字より点字を利用するのが効率が良いなどとはならなそうだけど。。でも全く異なる世界が見えそうなので目が見える人でも点字をちょっと触れてみるといいのかもしれない。"両手で読む"という感覚は体験したいものです。

 

 

 

 (いろは坂配列、約1時間半)

 

新配列を格子配列にして実戦

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 QWERTYより薬指を使う仕様にしたらロウスタッガードだとわりとすぐに腱鞘炎の入り口が開く音がしたので、まぁそれは私の手が弱いからかもしれないけれど、とにかく格子配列にしたらはるかにマシになったので、さっそくここで実践投入がてら思いつくことをいつものように書いてみる。

先日の発表から案の定時を経たずに修正した。配列できた自慢してからわりとすぐちまちま修正するのは配列初心者あるあるだと思っている。

でも外に出すだけで自分を客観視する機会になって、黙々と裏で修正するよりもモチベがあがり、開発作業も捗ると考えられなくもないので、まぁいいかな。

 

この配列、まだ名前もないけれど、ご覧のように小指を使わない設計になっています。電卓と同じですね。

実際に打ってて思うのは、やはり薬指がかなり自己主張すること。使用率は左が12パーセントほどで、右が15パーセントほど。この数字は引かれるかなとも思いつつ、でもNICOLAも同じようなものだったっけ。少なくとも電卓よりは低いはず。

でも存在感がすごい。頼もしいけれど、薬指はそんなに目立ってはいけない指だったように思う。人指し指は二十パーセント弱あるのに空気だ。

人間の薬指がどれほど言う事を効くのか知らない。配列界では悪い指として扱われることが多いと思う。でも電卓やカーソルキーで文句言っている人は見当たらない。

 

小指使わないとはっきりと指に力を入れやすいことがわかる。特に薬指。

これは小指をやや立てられることで、というか無意識に立っててQWERTYにたとえるとセミコロンではなくコロンキーの近くにいるのだが、薬指を下に押し込みやすくなる。薬指は周りの指より下側に行くほど力が入る。

 

格子配列にするとたしかに手首が楽になった。上の配列でzの位置でロウスタだと右手首が痛くなったのだけど、格子配列では変な手首の使いかたをしなくなった。zoとかQWERTYになかった打鍵なので。左のほうが一般により使用感に差が出やすいと思うけどこっちはもとからロウスタで手首が洗脳されてたからわからない。。

 

エンターを配列面に含めるかどうか、かなり迷う。先日は入れてて今日ははずしてみたけど、作文では必ず使うからなぁ。でもエンターはスムーズに打てるべきなのかも自明ではない。私はノールック漢字変換をしたいから確定前の文字を見ずにエンター押すけれど、でもそれはタイパー寄りの技術だから、普段使いでは前提にしなくてよいとも考えられる。一呼吸してから確定するならエンターがやや不遇でもよさそう?

 

今はタイプウェルが200秒くらいかかるけど一応このように文が打ててしまうから、何のために高速打鍵はあるんだと思わなくもない。

 

ただタイピングする価値が低そうな駄文や話題的に飛躍がある内容が頭に浮かんだとき、タイピングが下手だと躊躇なく捨てられることがわかった。というか今書いてる文を打ち終わるときにはすでに忘れてるという。

いろは坂配列では思いつくことをとりあえず全部活字化して備忘録にしたりあとでパズルのピースにつかうこともできるから、速く打てたほうがそりゃ便利だし作文中の気づきは多い。だから脱線と雑談が増える。。

 

 

 

 

幼少期でしか習得できない技術の行く末

成人前からパソコンに触れてきた若者の間ではあまりQWERTYの非合理性は語られません。

フリックが台頭してきたとはいえ、タイパー文化もなんだかんだまだまだ健在で、最近でもVtuberたちが何か新しいタイピング企画を始めたらしく、タイパー集団よりももっと広い層で高速QWERTYタイピングが盛り上がってるようですね。若年層が中心だと思いますが。

 

ただそれでもQWERTYは義務教育ではないので若者でもキーボードをあまり使わない人はいるし、これからはスマホの台頭でますます若い時にタイピングを習得しない層が増えると考えられます。

 

私はQWERTYローマ字を10歳前後で習得してしまったので、QWERTYのデメリットについて客観的に把握できません。配列屋としては致命的です。

 

もともと私がタイピングが好きになった理由の一つは手書き作文がほぼ出来なかったからです。

国語が苦手で手書きが駄目駄目なのに、こうやって文章入力をする資格を私に与えてくれたのがタイピングであり、ある意味新人類かもしれません。

 

私は手書き偏差値30ですね。手書き作文は小学校の文集で嫌々書かされた以降、ほぼやっていないです。手書きレポートの提出ではパソコンで書いたものを丸写ししました。

椅子に座って机の上の紙を見続けるなんて首が痛いし、右手しか使わないし。あとペン先を思いのままにコントロールできないので多分手首の性能が悪いんだと思う (タイピングでも指より先に手首が腱鞘炎になる)。

字を速くきれいになんて無理だし、字体から性格診断されるのも気持ち悪いし、字きれいな子は生まれながらにそんな気がするので不公平です。

手汗多いほうだからペンもべちょべちょになるし、すぐに紙が汚れる。めんどい。

丸暗記しかできなかった頃は勉強でとにかく書いて覚えることを徹底していた気がしますが、思考能力を手に入れてからはそれも少なくなりました。

作文ができない事により文章に感化される機会も減ったと思うので、手書きを好きになれなかったのは自分が文系に進まなかった大きな理由かと思います。人生も知らず知らずにだいぶ損してきたんでしょうね。

 

フラットに考えて、手書きという手法は生物にとってまったく習得容易ではない技術と考えています。他の生物はおろか (そもそも字の概念がないけど)、人間の中でももともと選ばれし者にしかできなかったんではないでしょうか。

キーボードでは一字を出すのにキーを指でちょんって押せばいいだけなので、たぶんサルでも猫でもできます。一方で手書きだと明らかに面倒で、まず文字の形状を正確に把握していないと無理です。一本指タイピングより難しいです。記憶コストも高いし、そのうえ入力手続きも複雑です。漢字とか何画あるんですか、一字出すために何重のシフトを覚えなくてはいけないんですかという。キーボードだと鬱ってみんな打てますが、実際に書ける人は半分もいないんじゃないでしょうか。

 

ではなぜ手書きが不合理だ、ということにならないかというとまぁ説明するまでもないんですが、壮大な歴史的背景と手厚い義務教育という二方向から現代日本人がほぼ全員洗脳済みだからです。

数千年前に始めて人類が初めて文字を書いてから、文字に起こす手段はそれしかなかったわけであり、圧倒的な歴史があります。筆がいつから登場したかは知らないのですが、でもこれだけの歴史があれば手書きができない事で人間社会での生存競争に不利であった事も少なからずあったと思うし、手書きが出来るような遺伝子が優先的に現代に伝えられているとも考えられるでしょう。

 

手書きに対抗する手段としてタイプライターが登場したのは150年前だし、ワープロは40年前だし、パソコンの普及で誰しもがキーボードを使うようになったのは本当に最近ですよね。手書きは不合理だから廃止してキーボードで統一したらどうかなんて、口が裂けてもいえません。

もうひとつの柱は義務教育で、日本は識字率ほぼ100%で読み書きを小学校で必ず叩き込まれるから、子供のチート級の脳の柔軟性により適応できるのでしょう。

 

手書きは技術的に複雑で習得難易度が高いので、逆に一度覚えれば恩恵が大きいんだと思います。実際キーボードよりも手書きのほうが物事の暗記に有利なのは確実ですが、それは一字一字をキーボードより遥かに複雑な手続きによって書くので、脳に刻まれやすいのでしょう。人間が獲得した高度な思考能力とも切り離せないと思います。

実はQWERTYにも似た面があるかと思います。QWERTYの配列面も打鍵パターンも複雑なので文字ごとに必要な連接・指の連携法が異なり、手書きほどではないにせよ一字一字の入力手続きに差異があります。表面上は効率が悪い配列なのに習得者が妙な執着を見せるのは、そういう理由かもしれません。たとえば行段左右分離は交互打鍵ばかりだから、全部似たような手続きで文字を出すから記憶に刻まれにくそうで、楽だけどなんか微妙でちゃんと書いてる感じがしないという感想になるのでしょう。

それに加え、たとえば私の場合、小学校高学年〜中学生のころは家にいる時はチャット漬けでした。ケータイはまだ中学生にはあまり届いてなくて、LINEでもメールでもなくパソコンでのメッセンジャーの時代でした。QWERTYにはそれはもうさまざまな感情を乗せてきたわけであり、愛着は自分自身でも把握しきれないもので、言葉で表せるようなものではありません。いまの30付近の人、特にタイパー世代ではこういう人も多いでしょう。

一方で習得に高度な技術を要するQWERTYには手書きのような文化的背景は一切ありませんし、成人してから習得の必要に迫られた人も大勢いるわけで、そりゃこうなりますよね。手書きと違い、新配列という成人でもような習得できる明確なQWERTYの代替手段があるわけです。一方でデファクトからQWERTYを落とすには今のアラサー世代を説得しなければいけないわけで、そりゃ混沌としますわ。

 

 

それはさておき、気になったのは成人になってからQWERTYを始めるのは、幼少期に読み書きの機会がなかった人が成人してから手書きを始めるのと似ているのかなぁということ。

 

識字率が低い国だとそういうことも多々ありそうですよね。あまり積極的に調べるのも気が引けますが。

たとえば以下のような記事は見つけました。 

gigazine.net

「小学1年生に相当する識字能力」をどう読めばいいのかわからないけれど、

少なくともこういう記事になるのだから、常識として成人になってから読み書きを特訓するのは遅すぎる、という前提があるのでしょう。

識字率だとどうしても読みと書きがセットになり、読めるけど書けない人のデータがとりにくいし、書く能力が実用性が伴っているかどうかを判断するのも難しいから、なかなか情報がなさそう。。

読めるけど書けない状態というのは、利き手の逆でペンを持つとわかる。特訓すれば今からでも左手で書けるようになるのかな?まったくそんな気がしないからやる気も起きないのだけど。これが両腕なのが読めるけど書けない人の状態だろうか。

字は読めるけどタイピングできない人ならたくさんいるのにね。。

 

成人の適応能力の限界って配列界でもたぶん死活問題なんですよね。

そして技術的関連性が極めて高いにもかかわらず今まで配列屋とタイピスト集団の交わりが少なかったったのも、これによるものでしょう。タイピストは成人前からQWERTYを始められたラッキー集団で、一方で配列屋は成人の適応能力の限界の中で効率を追求するので、タイピストから配列屋を見ても何かの縛りゲーをやってるようにしかみえず理解はできません。同時打鍵へのタイピストの理解の低さが例です。

でもQWERTYが打てるような異常な指の能力がなくても高速入力を可能にしたのが同時打鍵であり、そう考えると同時打鍵は凄い。

 

 

私はQWERTYで腱鞘炎になった時期もありましたが今は克服しており、お気に入りのパンタグラフキーボードで1日あたり15万打鍵くらいで3日連続程度ならふつうに打てます。

私はQWERTYのデメリットが実感としてあまり分からなかったサイドの人間です。いや、でした。

 

ところがですね、ちょっと前の記事にも書いたように新しい行段左右非分離配列に手を出してみました。

QWERTYのよさを抽出した配列のつもりです。

そしたら手が痛くなりおかしいぞ。。?っていう

 

QWERTYのような高性能じゃらじゃら配列で手が痛くなるとはこういうことだったのか。

ロウスタで左手首が壊れるのは定番ですが、私が痛くなったのは右手首から薬指の付け根にかけてで、経験したことないパターンです。

QWERTYよりも薬指の役割を増やしたのもあるけれど、

アルペジオが多く性能は高いらしいが、人間には扱えない可能性がある。。

 

 

結論出すのは早いですが少し不安になっています。私がQWERTYを使えるのは幼少期の訓練の賜物でしかなく、成人してから数値上はQWERTYの上位互換の配列を使おうとしたって、すでに当時の適応能力が失われているので自分のQWERTYを超えられないかもしれません。

いろは坂配列ではQWERTYより全然指動かさなくても速く入力できるので問題ありません。もともと単打特化にしたのは、成人してからは新配列を使おうとしても打鍵速度の限界突破は見込みが高くないと思ったからです。清濁同置ですとJISかなと大差ない結果になるのをおそれ、清濁別置になりました。

でもいろは坂配列は完成したことですし(結局修正はやめた)、以前諦めていたことに再挑戦しようと思ったんですけどね。。楽に速く打てる行段配列があるならそれが最強に決まってます。

 

 

ハイテク文化の発達で子供が手書きする機会が減ってると思いますし、いまはスマホタブレットというパソコンよりもっと手近なツールを子供が手にするようになりました。

私は小学生のころ原稿用紙への作文はできませんでしたが、QWERTYで日記をつけたりホームページを作ることは自由にできました。

今だともしかするとフリック入力は出来るけど手書きができない子もいるのかも。。想像するとさすがに恐ろしい。

 

 

 

最強の配列ができた

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待望の本格派行段左右分離配列です。

性能評価結果はいつになるかわからないしどうせ修正もあるだろうけど、

第一印象がかなりよく期待作なのでとりあえず発表。

 

ローマ字配列研究は行段左右分離が微妙という事が分かってから前に進んでません。

行段左右非分離だったらQWERTYと同じじゃないか!という思想もあったと思いますが、近年では配列界でも片手アルペジオの重要性が言われるようになり、タイパー界の実績からするとむしろ交互打鍵が非合理的である可能性すらあります。

閉塞感の一つの理由はKeyboard Layout Analyzerというサイトによる功罪です。行段左右分離系の開発で役に立ってきた経緯はあるのですが、古典的なアプローチをした配列でないと良いスコアは出ず、交互打鍵を減らして片手アルペジオを増やすと必ずスコアが下がります。アルペジオを重視していく路線においてこの解析サイトの数値は当てになりません。しかし数値スコアを盲信してた開発者にはこの路線変更は難しいでしょう。

 

かな配列は性能は良いんだけど記憶コストはどうしようもなく、結局英字配列も別途覚える必要があります、

いずれにしてもローマ字配列の限界を明確にしたほうがかな配列も輝くし、ローマ字配列もまだまだ研究し続ける必要があります。

 

QWERTYが属する行段左右分離配列は実はほぼ未開拓領域です。

ColemakやWorkmanのように母音はAだけ逆側のような配列はちらちらと見ますが、なんか一つだけ母音を仲間外れにするのも中途半端で気が引けます (交互打鍵率60%弱あたりだとそれしかないかもだけど)。交互打鍵は重視してそうですし、左右分離の派生の一つと見てます。

Arensito配列のようにがっつり交互打鍵減らしたものもあるようですが、所詮英語圏の配列でローマ字には向いてないでしょう。Kが右上だし。あと交互打鍵は減らすだけでいいもんではなく、不快な折り返し打鍵は抑えるように気をつけなればいけません。

www.pvv.org

大岡さんのヌンチャク式は2段の行段左右非分離でしかもΩ型ホムポです。QWERTYとの大きな違いはローマ字なのに清濁同置であり濁音化する子音がセンターシフト面にあることと、英字までは考慮されてないことです。

oookaworks.seesaa.net

 

 

ローマ字配列はとにかく打鍵数が多くてダメと言われます。

そこで重要となるのは、複数打鍵をまとめてじゃらっと打てるような連接を積極利用することです。

最上段数字列で1234ってじゃらっと打つのは4打鍵分の重みがあるでしょうか。私には1.5打鍵分くらいの重みにしか感じません。

2打鍵の同時打鍵を主観的に1動作と言い張るように、順次打鍵も連接を1動作であるかのように錯覚するレベルで打ちやすくできたら理想でしょう。

 

ざっくりと以下のことを意識。

 

①小指を使わず、代わりに薬指はがっつり使う

たとえばカーソルキー、薬指がっつり使うけど特に誰も文句いってないですよね。

これは小指を使わずに済むからです。

また外で周りの人達のQWERTY我流運指をひそかに観察してたりするのですが、

A薬指派が本当に多い。というか小指派は見当たらない。私もホムポ矯正前はA薬でした。エンターは薬指派と中指派がいますね。

薬指は小指との独立を要しない限りはそこそこ酷使に耐えうる、と予想してます。小指を少し立てたほうが薬指が動かしやすい気がするので、小指使用率を0にする事には意味があります。1%でもあれば小指をキーの上に構えてないといけないので。

あと、小指使うと手の重心が中指と薬指の間にくるんですよね。いろは坂配列ではそれを積極利用していますが、ふつうはあまり気持ちがよくないんじゃないでしょうか。

タイピング中の手の支えとなるのは中指がふさわしいと思います。カーソルキーもそうですし、中指シフト配列もその思想だと思います。

小指を使わない代わりに三本指をフルに使う、電卓がそうでしたね。

 

②"準"交互打鍵を多くしたい

交互打鍵ABABABより、"準"交互打鍵AA'BB'AA'BB'のほうが断然速く打てます。

QWERTYは人差し指に子音がありU以外は他の指に母音があるので、準交互打鍵を量産しやすいです。これはかな配列には真似できない、ローマ字入力の貴重な長所です。

またQWERTYでは「せ」しかなかった薬指子音→中指母音連接をここでは「の」「や」「ぴ」「ぞ」で使います。前者2つは重要で準交互打鍵が増えるのは良いけれど薬指が負担に耐えられるかどうかが要検証です。

準交互打鍵なる用語は私が勝手に使ってるだけなので注意です。

 

③1モーラは打ちやすくしたい

準交互打鍵によって可能な限り母音・子音はじゃらっと打てるようにするとして、

望ましくは3連接以上もじゃらっと打ちたい。

かな配列では再三考慮されてきたことだと思うけれど、ローマ字配列で子音+母音+αをじゃらっと打ちたい。

ローマ字はai、ei、ouの連接が頻出なのでこれらを中→薬連接にしました。この手の配慮は行段左右分離配列でもされてきたと思います。QWERTYはuioが横並びなのにuは人指し指だから子音との連結がしばしば良くないし、ioはそこまで出ないから色々もったいないです。

また撥音については別途NNキーを追加。「ん」専用キーの導入はローマ字専用配列の中ではかなり主流で、私は今まで渋っていたんですが、考えれば考えるほど撥音専用キーの必要性を感じたので導入しました。

「ん」は人差し指にしたので、母音との連結がしやすくじゃらっと打ちやすくしたつもりです。撥音自体が片手アルペジオにはなりませんが。

拗音片手アルペジオもほぼ挫折。小指を捨てたのでyouアルペジオを断念。だけど例えば頻出の「しょう」はsy/ouで準交互打鍵になっています。Yの位置はわりと気に入っています。

 

④エンターは中指

エンターは絶対にタイピングに必要なキーです。なので配列面の中に含めたいです。

継配列で中指エンターがしっくりきた事もあり、中指で。中指の頻度を上げたいけれどOの上に置きたいキーが他になかったこともあります。

一方でバックスペースについては正確性100%なら使わないのと、いつ使うのか事前にはわからないので少し外れたところに置きました。左上薬指にしたのは右にするとEnとBSと間にNが挟まれてかわいそうだったからです。

 

⑤Ω型ホムポは必要ない?

QWERTYの隠された良さは行段左右非分離とΩ型のどちらか、または両方、と思われますが、非分離の非Ω型配列がないほとんどないせいで検証が進んでいません。

なのでΩ型ホムポはやめてみました。

しかしA、N、エンターといった重要キーが上段にあり、指を伸ばして打てる快適さは残しました。

 

⑥日本語頻出連接は多少は優遇したい

大岡さんの影響ですが、繋ぎの言葉?述べる語?は優遇されるべきですね。なんとなくわかってきました。

日本語文の骨格をつくる文字はそりゃ速く打てたほうがよいです。単語ベースで最適化すると、どうしても個人差が出やすいし、作文で単語は別にそこまで速く打てなくてもよいらしいことも、ブログというものを書くだけでもなんとなくわかってきました。

例によって半分以上計算配列ですが、いろいろと参考にして以下の汎用語を優遇するように仕向けました。

drive.google.com

実際にどれほど打ちやすくなっているか不明なのでまったりと検証します。。

ローマ字は原理的に高度な快適連接を仕込むのは無理だけれど、仮名2字の連接だけでも打ちやすければかなりマシと予想。

 

⑦いちおう英語が打てるように

英語でしか使わないキーを小指に担当させ、英語も打てるようにしました。なので安心してQWERTYを忘れられます。

英語が重要視される世の中になりましたが、なんだかんだ英語を日常的に打ちまくる日本人は少ないと考えていて、英文の打ちやすさまでは考慮してません。英文メール程度ならこの配列でも余裕で打てると思います。

ちなみにファ行はFを使わなくともHWで出せるので、Fは小指担当にしました。。

ローマ字でJも使わず、ZYだけで打ちます。打鍵数的には微妙だけれど、ただQWERTYでもZY使う人多いですし、拗音で必ずYを使うという統一ルールがあったほうがシンプルです。

 

⑧欠点、考慮しきれてないこと。

Bの位置は右人右上。斜めズレ配列で最も打ちにくいポジション (私はQWERTYのYはほぼ左人です)。でもしょうがなかった。BO、BUが打ちにくいけれど、まぁ頻度も低いし、それにどんな配列にも欠点はあるので。。

また、格子配列との互換性が低そう。とりあえず斜めズレ前提で設計。QWERTYのCは人差し指で取りたい。。

格子配列ならかなり大幅に変更したバージョンを別途用意したほうがよさそう。まぁQWERTYでもそれは同じだけど (Tがさらに遠くなるとか)、自作キーボード界隈では格子配列でもQWERTYで文句言わない人多いし意外に関係ないのかも。。

句点は中指下段なりました。微妙かもしれない。

けれどQWERTYの句読点なんかは、一本指だけを最下段にもってくるのではなく、手全体をグーにするようにして打つようにすると楽です。句読点のあとは休憩であり、すぐ打ちたい文字はないので。まして今回は通常ホムポなので、まぁいいかなと。。読点はマシな位置にできました。

小書き文字は小指のL使うしかないのかなぁ。

 

 

という感じで、ゆるゆると練習していくと思います。