いろは坂配列練習道場

~単打最多の最凶かな配列を10本指で調教しよう~

疲労に自覚的かどうか

タイピングは腱鞘炎と切っても切り離せません。

腱鞘炎になった・なりかけた人なら分かるはずですが、腱の中にスイッチがあるような感覚で、腱鞘炎を悪化させる指の使い方をするとスイッチが反応し違和感・不安感を覚えるようになります。

  

このような疲労スイッチがもともと人間の部位のいたるところにあって、疲労に自覚的ならONで、そうでなければOFF。

疲労に自覚的にはなりたくないけれど、疲労スイッチの存在は早めに知っておきたいですね。

 

タイピングといえばタイピングゲーム。でもゲームだと自分が一番楽に速く打てる姿勢・速度で打てるので、意外と腱鞘炎になりにくいです。休みたければ休めばいいし。

数十秒間打ち続けるタイプウェルは実はゲームとしては長距離に分類してもいいかもで、

e-typingのように短文を3秒以内で打ってちょっと休んでの繰り返し、まさに断続的といえるタイピングがタイピングゲームでの主流だと思います。

インテルステノは10分間で競技タイピングとしては超長い。詳しくないけれど指を痛めずに長時間安定して動かすのは練習からして頭使うし、頭脳派の競技という印象。

毎日パソコンコンクールは10分間だっけ?こっちは疲労に自覚的でない若い人ばかりが参加するから、腱鞘炎うんぬんという議論にはならないんだと思います。

 

タイピングの負荷の考えるとき、打鍵数はあまり参考にならないようです。

たとえば作文系だとどうしても自分の脳に振り回されてしまい、思考を反映した文を思いつくタイミングはどうしても散発的なので、指の動きは等速ではなくぎこちなくなります。

思考しながら文が降ってくるのを指が待っていると中途半端に筋肉が緊張します。これが長時間続くと、肉体が消耗し、寝ても治らないような違和感や凝りや痛みを覚えるようになり、疲労を自覚するようになります。

まぁ私のように作文が下手であればしょっちゅう止まってばかり・筋肉が休んでばかりなので、あまり手は疲れないけれども。

   

スポーツのアスリートでも若いうちは本能に任せてがむしゃらに練習するだけで伸びるのかもしれませんが、

20後半あたりで肉体が自然と弱くなり、何もしなければ衰えるし、だからといってトレーニングしても伸び悩むし、疲労が回復しにくくなります。

パフォーマンスが日ごとで大きく異なるようになり、計画的に肉体を管理しないとコンディションの頂点を試合に持っていけません。

あえて練習しないほうがいいくらいですね。戦略的に練習量を減らす配慮が必要になります。

実際、若い頃は爆発してたのに最近は怪我を繰り返してばかりな選手は大勢いるし、

若い頃はぱっとしなかったけれど息が長くて重宝されるベテラン選手もいます。

 

タイピングゲームでも実は30歳を超えるようなタイパーならあえて毎日練習しないことは実行している思います (ふつうに若い頃のように暇ではないから毎日練習できなくなっただけの人も多いと思うけど)。

というか、ツイッターで流れてくるような記録更新ツイートって引退パーというか、久々に気分転換で打ったらなんか更新しました!練習してないけれどまだまだ全然速く打てます!っていう系のツイートがあまりに多いですね (人の事は言えない)。

これは毎日頑張って手を痛めながらだましだまし練習するよりも、何もしないで手を十分休ませてから適当に打ったほうが速く打てるという事を反映していると考えています。スポーツでの戦略的休息の効果が、タイピング界ではもっと極端です。これは余談ですが、ただでさえ才能がものをいうタイピングで、まして練習しないほうが伸びるという、努力が裏切られやすい競技No.1だと思う (だからこそ努力し続ける人が凄い)。私も一度闇に落ちたから配列変えたろ、と思った次第です。

 

さておき、日常だろうがスポーツだろうが、疲労に対して自覚的になると自分の体をいたわってあえて力をセーブする行動をとります。

タイピングだったら速く打てる連接が目の前にあっても、あえてゆっくり打つような配慮です。周囲に迷惑かけないようにあえて静かに打つ時の配慮と似ているかもしれない。疲労に自覚的だと周りに誰もいなくてもおそるおそるタイピングしなくてはいけないような状況でしょうか。

 

疲労に対するもうひとつの工夫は、原理的に指の限界を超えないようにキーボードや配列の速度性能に天井を設けることです。

 

楽さを謳う同時打鍵の導入が、まさにそうだと思います。

楽であることのメリットもそうですが、速く打ちようがないのだから腱鞘炎になりようがないはずというわけですね。危険エリアの手前に設けてある柵に相当します。

 

疲労に対して自覚的になることをスイッチに喩えると分かりやすい。

スイッチは一度入るとなかなかOFFにはなりません。無知から既知になれても、その逆は非常に難しいからです。知らないことは幸せなのです。

 

私はQWERTYいろは坂配列くらいしか使えないのだけど、おそらく配列と疲労スイッチの関係はこんな感じと思ってます。

 

まだOFFの人がONになる事なく速く打てる = 指をフルに使う合理的な同時打鍵配列 = 新下駄配列、飛鳥カナ配列、NICOLA(?)

既にONの人でも使い続けられる = 人差し指・中指重視の同時打鍵配列 = 薙刀

OFFのうちは使えるが遅かれ速かれみんなONになる = 順次打鍵配列全般

 

私はタイピングゲームやチャットといった短距離走で育ったから順次打鍵の民。タイパー界では同時打鍵がはっきりいって人気ありません。少なくとも同時打鍵を操るZタイパーはいないし、あれだけ勢力のある親指シフト界からタイパーがほぼ輩出されていません。同時打鍵は速く打てないからです。

ではなぜ高速タイピストが結果を出している順次打鍵ではなく、頭脳派集団である配列屋がタイパー実績がない同時打鍵に手を出すのかというと、このギャップについては最近は幾重にわたってさまざまな方向から随所で語られるようになったとは思いますが、一つの整理軸が疲労スイッチというわけです。

 

順次打鍵配列だと上達すると原理的に速く打ててしまうので、容易に肉体の限界に到達しやすいと思います。短時間しか打たないうちは気づかなくとも、いざ本気の長時間タイピングしてみるとわかります。気をつけて速く打てる打鍵でセーブしたり、またあえて上達しない工夫(?)をすれば使い続けられるかもしれませんが。

また順次打鍵配列でも人差し指と中指だけで打てれば息が長いかもしれません。合理的な配列が組めるかは分からないけれど、QWERTYを片手2本指ずつで器用に使う人が稀によくいるのはそういうことかもしれない。

 

私も最近は疲労に自覚的になってきました。タイパー活動だけではなく普段使いのタイピングを考えるようになったからというのもあるけれど、アラサーなので年齢的にも自然ななりゆきですね。

ちょっと体に負担がかかる打ち方や構えに気付いたとき、以前は寝れば治るからどうでもいいと思っていたのだけど、

今は短期的なちょっとの負荷が長期的にどのようなリスクになるか見通せるようになり、縛りが増えました。

具体的には、いつぞや話題にした等速的なタイピングをあまりしないように心がけるようになりました。等速的に打つとライティング上達の糸口が見えたような気がしたけれど、もともと間欠的スタイル、長文はじっくりと論文調の作文だけできれば満足だったこともあり、早々にリタイア気味です。短距離走で最高を使用感が得られればそれでよいです。もともと長距離走は苦手なタチです。

それでも私にマラソンの才能がないからといっていろは坂配列に泥を塗りたくないので、内容はさておき2000~3000字のブログ程度の中距離なら余裕でいけますよ、というアピールがしたくこうやってカタカタしてるわけですが。

 

どなたかが「私は他人に特定の配列を布教するのはやめた」と言ってたけれど、ちょっとわかるようになりました。

ヒトの個体差ももちろんですが、疲労スイッチへの自覚や、そのスイッチの構造が同じような人でなければ配列を布教してもあまり意味がないのでしょう。

 

私が順次打鍵配列を使い続けるのは疲労のリスクを呑んだ上で、それでも同時打鍵にはないメリットを重視しているからに過ぎません。それについてはまた追々。。