いろは坂配列練習道場

~単打最多の最凶かな配列を10本指で調教しよう~

手書きをやめてタイピングに逃げる理由

最近、配列界で勢力的に活動されている大岡さんはタイピングに対する手書きの優位性を何度も強調しています。

一方で、キーボード界隈ではびっくりするくらい手書きの事は話題になりません。同じ文字入力が土俵であるにもかかわらずです。これはあまり面白いことではないので、手書きとタイピングの線引きを、キーボード界隈手書き挫折勢代表の私が試みてみましょう。

 

大昔、人々は石に対して字を「打って」ました。これがTYPEの語源であり、元祖タイピングです。実は手書きよりタイピングのほうが歴史が長いと言ってもいいでしょう。

あとになって人間は紙と筆を発明し、手先だけで字を表現できるようになります。ここで「書く」(WRITE) という概念が生まれたと思います。

ところが近代になって、活版印刷技術の発明により字を「打つ」事が復活しました。遅いことは問題でしたが、タイプライターの登場により座ってボタンを打つだけで字を表現できるようになり、ワープロやPCが普及して紙も電子化されました。こうしてTYPEがWRITEと渡り合える土俵にまで昇りつめました。

 

ただし別な見方をすると、キーボードの台頭により文字を捻り出す手段がWRITEからTYPEへ退化してしまったともいえます。

 

たしかに手書きは凄いですよね。タイピング好きな皆さんも、試しに授業のノートをタイピングで取ってみてください。びっくりするほど頭に入ってないことでしょう。タイピングのほうが速いし修正もできるというのに、現代の受験生は必死にペンを握ってノートにカリカリしています。

英単語を覚えるのも分かりやすい例でしょう。知らない単語のスペルをペンで書くのとタイピングするの、どっちが覚えやすいでしょうか。

タイピングより手書きのほうが脳と直結する事ができます。これは揺るぎない事実でしょう。

 

 

じゃあ、なぜ私が手書きをしないのかをバカ正直に列挙してみましょう。

 

①自分の字が汚く、萎える。

字がどうしてもきれいに書けないんですよねー。努力不足を疑われるかもしれないが、もう先天的なものだと思っています。

自然体で字が汚く、自分もそれを分かってて変に綺麗に書こうと常に意識するから、余計それに意識がとられて思考に集中できやしないです。

タイピングなら誰でも綺麗な字を書けます。字が下手でも人権がある。すばらしい。

 

②手書きは遅い

字を書く形式として、手書きは遅いです。速く書ける人は字を崩すのがうまくて速く書ける字体を独自に開発してるか、もしくは極めて運動性に優れた手指を持っているかでしょう。

配列界ではシフト文字で2打かかることすら嫌われるのに、漢字で十画以上線を引く動作をする事に文句を言う人がいないのは何故でしょう。

また字から字へ移るときに手を平行移動しないといけませんよね。動作として無駄ですし、手が黒くなります。 

速く書けるような字の「崩し方」を学校で教えてくれるなら、速度の問題は多少解決されるかもしれませんね。

タイピングはローマ字入力であっても全てのひらがなを二画以内で出せます。漢字はスペースを押すだけなので、プラス一画で済みます。「UTU」+「スペース」で「鬱」を出せるんですよ。極端な例ですが。

 

③間違えてはいけないから集中できない

間違えてもいいんですけど、消しゴムは面倒ですし黒鉛にしか使えません。字を横線で消すのは清書では使えないし、他人には見せられないし自分があとで見返すのも億劫です。なので、手書き中は基本的に間違えてはいけない、という意識にあります。

手書きのよさは脳と直結できる事だと思いますが、間違えてはいけないと思うと集中できず、脳とのリンクが絶え絶えになります。特に、脳内から溢れ出る思考をすぐに書き留めようとしても、そこで日本語的に・文脈的におかしくないかを考えるともう思考が蒸発します。本能の赴くままに手書きをしても、アイデアノートとしては有用かもしれませんが、相応の文章力が無いと文章が出来上がらないのです。

国語が得意な星に生まれた人なら文章力は足を引っ張らないと思うので大丈夫だと思いますが、私は国語嫌いなので無理です。

タイピングなら文章力が低くても文字で表現する権利を与えてくれます。というのも、思い付くまま文を打ち、脳が落ち着いたら修正したりパズルのように切り貼りすれば、人に読ませられる文章になるからです。

 

④幼少からキーボードを触ってた

私が子供のころからキーボードを触ってました。これはとても大きいですね。親に感謝してます。

小学生のころ、国語や作文はとにかく大嫌いでしたが、趣味でホームページを作ってQWERTYで日記を書いてました。人が読める文章を書ける事に親にも驚かれたものです。

パソコンのキーボードは楽器のキーボードと似たようなものです。楽器の世界では成人するまでに指使いを覚えないとかなり苦労する事が知られてます。音楽のセンス以前に、成人してからは指が成長しないんですよね。

QWERTYはちょっとした楽器に匹敵するほど難しいものだと思うので、成人してから対峙するのは相当辛いのは容易に想像できます。逆に、ありえない話ですが幼少時からキーボードしか触らなかった人が成人して初めて手書きを経験したらどう思うのでしょうね。

 

⑤姿勢が辛い

前屈みになると猫背になります。姿勢良くすると今度は首が辛くなります。紙を机に水平に置かないといけないせいですね。幼少から手書きの習慣があればこういう姿勢を長時間保っても大丈夫なように体が作られるのかもしれません。

キーボード×ディスプレイなら正面を向けるので、体への負担は少ないと思ってます。ブラインドタッチができないと下向いて首が痛くなりそうですが。。

 

⑥あまり文章力が求められないキャリアを選んでしまった

これは特に消極的なものですが、挙げておきましょう。

私は技術者です。国語が嫌いな人間は基本的に文系にはなりません。で、理系で文字による表現力を求められる場面って。。あるのかなぁ。駄目なデータを壮大なストーリーで誤魔化して報告書や論文や特許を無理矢理書こうとする時くらいではないでしょうか (私が一番苦手な事です)。それよりはそもそも良いデータを集める技術力をつけて、脚色せずに事実を記し続けるだけで認められたいものです。

苦しいのは、じゃあなんでキーボードに興味あるの?ってことですよね。なんででしょう笑 配列開発は趣味であって仕事ではない、というのもそうかもしれません。もしくは目の前に不合理なツールがあるから、技術者として改良したいと思うことが自然だったのかもしれません。このようなブログをたらたら書いているのはキーボード配列の技術開発において文字頻度とか日本語の構造を齧らざるをえなかった、というようなところでしょうか。

平たくいって、キーボードマニアには理系が多く、手書き作文が苦手だった人たちが多いから、タイピングと手書きの対比議論があまりなされない、というのはあると想像します。

 

 

タイピングによる文字入力には興味あるのに手書きを話題にしたがらない人の心境を代弁したつもりですが、当てはまるところはあったでしょうか。

 

とはいえ、冒頭で書いたように手書きの優位性はある程度分かってるつもりなので、いまさら手書き自体をする元気はないけれどキーボードをペンに近づけることは興味ある、といったところです。