「タイピスト」から脱却し「キーボードディスト」になろう
先日、以下のような事を突然思いつきました。
タイピストとかいうからいかに指を速く動かせるかばかり注目され、ゆっくりだけど質の高い打鍵(一打鍵に重みのあるカナ配列)に関心がいかない。なので我々もキーボーディストと名乗ったほうがよいのでゎ
— めんめんつ (@mentype2) 2020年2月14日
キーボード入力技術に長けている人々をひとくくりにしてタイピストと言うのはおかしいのではないか?そもそもですね、
PIANO(物) → PIANIST (人)
GUITAR(物) → GUITARIST(人)
SWIMMING(行為) → SWIMMER (人)
RUNNING(行為) → RUNNER(人)
のように、原則として物を扱うプロは物ISTであり、行為のプロは行為ERです (例外あればご教示ください)。
ところが
TYPING(行為) → TYPIST(人)
なわけです。上記のルールから外れています。
言葉として不自然ですね。ですのでまず思いつくのは
TYPING(行為) → TYPER(人)
であるべきです。実際に「タイパー」という言葉は「タイピング行為が手段ではなく目的である人々」や「職業ではなく営利目的の無いタイピスト」という意味でネット界隈では俗な使われ方をしています。ただし英語圏ではあまり使われないようですね。
ここで見方を変えましょう。TYPISTのTYPではなくISTに着目するのです。TYPISTは何か物を扱うプロであり、それすなわちキーボードというわけですね。したがって
KEYBOARD(物) → KEYBOARDIST(人)
のように、我々はキーボーディストと名乗り直すのはどうでしょうか。
ご存知かもしれませんが実は既にキーボードディストという言葉は存在します。それは音楽のキーボードのプロの事です。バンドでギタリスト、ベーシスト、ボーカリストは聞くけどキーボードディストってあまり聞かないなぁ、と思ってたのですが調べたらちゃんとそういう言葉がありました。なので、我々がいきなりキーボーディストを名乗ったら音楽界隈の方々に怒られてしまいそうです。
しかしそもそもパソコン用と音楽用のキーボード、本質的な違いはあるんでしょうかね?
パソコンのキーボードによる文章作成活動は、キーボード曲の作曲・演奏と同値である、というのは言い過ぎでしょうか?文を考えるのが作曲で、演奏がタイピングに相当します。指の本数の何倍もあるキーを打てるように特訓することは同じであり、その気になれば逆に音楽用のキーボードで文字を入力する事だって可能です。少なくともこの例えは比喩として十分成り立つでしょう。
音楽のキーボードは速く打てばいいものではありません。リズムに則る事が必要で、時にはゆっくりでも美しい音色を奏でます。我々も同じで、速くタイピングすればいいわけではなく、いくら速くてもタイピングの質が伴っていないと優れた文章は書けませんし、乱暴で美しくないタイピングは疲労や腱鞘炎の原因にもなります。
もう一点重要な補足があります。昔はタイピングの対象がキーボードではなくタイプライター (TYPEWRITER) でした。ところが
TYPEWRITING(行為)→TYPEWRITER(物 ≠ 人)
であり、既にTYPEWRITERという道具があるために人を差す言葉にはならなかったんでしょうかね。WRITERという言葉は既にあるためTYPEWRITISTとはならなかったようです。ではTYPEのほうから何故TYPERではなくTYPISTになったのか?ここまで考えたら気になったんで調べました。
解読・解釈したところ、以下のような事情のようです。
①そもそもtypeの語源は"打つ"という意味のtypteinというギリシャ語である (root of typtein "to strike, beat,")
②大昔は金属や石に文字や絵を"打ち込んで"いたため、文字や絵が表す信念や象徴の事をむしろtypeという名詞で表していた (figure in relief, image, statue; anything wrought of metal or stone; general form, character)
③活版印刷により表現活動が行われる時代となり、活発印刷そのものもtypeと呼ばれるようになった (adapted for use in letterpress printing) 。
④動詞のtypeはもともと象徴化する (to symbolize, typify) とか、予言する (to foreshadow) といった上記の名詞の用法に近い意味であり、「タイピング」のような今の我々の用法はタイプライターの登場後に現れたものである ("to write with a typewriter," 1888)。
そして、typistの語源は以下のとおりです。
⑤typistは名詞istで作られた言葉である(from type (n.) + -ist. )。compositorとあるが、おそらく活版印刷の技術者の事 (1843, "compositor," from type (n.) + -ist.)。
⑥今のタイピストと同じ意味で使われたのはタイプライターの登場後 (Meaning "person who operates a typewriter" is from 1884.)。
つまり、タイピストはタイプライターの登場前から存在し「タイピング」より古い言葉である。タイプという言葉は動詞よりも (タイピング対象となる文章等に対して) 名詞として広く使われてきたので、人を表す際はTYPER (タイピングする人) ではなくTYPIST (タイプを作る人) となった。しかし「タイピング」のように現代の我々が馴染んでいる動詞の用法のほうがギリシャ語の語源の意味にかえって近い、と考えられます。興味深いですね。
加えて我々日本人にとっては名詞のタイプ (型、象徴化) と動詞のタイプの関連性が分かりにくく、なんでタイパーじゃなくてタイピストなの?と思うのでしょうね。最初の疑問の正体が分かりました。
記事を分けたほうがいいんじゃないかというくらい脱線してしまいました。
最後に考えたいことは、そもそも文字入力技術のプロをタイピストと呼ぶ事自体が時代遅れなのではないか?ということです。
はっきりいいますが指速く動かしキーを正確に打てるからといって入力技術が優れている訳ではありません。アルファベット配列しか存在しない英語圏の人には分からないでしょうが、日本語圏ではカナ入力があり配列によって打鍵数が異なるので、速く指を動かしていても打鍵効率の悪い配列 (ローマ字入力) を使っていれば必ずしも入力技術が優れているとはいえません。
打鍵効率の高い配列はやはりかな入力です。デファクトスタンダードのJISかな入力ですら、ローマ字入力と比べて打鍵数が約30%減ります。また、キー数をキーボード3段で抑えた配列の月配列や、逆にJISキーボードの限界まで文字キーを増やしたいろは坂配列などがあります。それに加え親指シフト入力、新下駄配列、薙刀式などをはじめとする複数キーの同時打鍵を活用する新配列がいくつも登場しています。同時打鍵は2本以上の指を連動させてキーを押すことで入力効率化を図るものであり、指自体を速く動かす必要性が減ります。
さらに英語圏とは異なり日本語では漢字変換があります。いくら指を速く動かしても漢字変換でもたついていたら入力技術として台無しです。IMEの活用方法を学ぶか、または漢字直接入力配列 (漢直) を学ぶ必要があるでしょう。さらにいうと予測変換や音声入力といった指を速く動かさなくても高速で文字入力ができる技術が近年では発達してきています。
我々はタイピングのプロであるタイピストよりはむしろ、キーボードのプロであるキーボーディストになりたいのではないか?
タイピストという単語は活版印刷時代からの言葉でありこれに縋る必要はありません。音楽界に既にキーボードディストという言葉はありますが、我々は彼らと共通点も多いのではないでしょうか。
指を一定の速度で動かす事は、優れた文字入力技術の必要条件でしかありません。我々は指を速く動かす事以前にキーボードを手懐けなくてはなりません。
「キーボードディスト」という言葉を急に使うのはちょっと勇気が要りますね。とはいえこの言葉は配列開発、自作キーボードといった今のキーボード入力技術研究が向かっている方向性を良く表しているのではないでしょうか。